女性「9条の会」ニュース50 号 2020 年11月号

 

1面  

   「抵抗権」再考                 大脇雅子(弁護士) (女性「九条の会」呼びかけ人)

                                                                

 私の故郷は岐阜、岐阜城の聳える金華山の麓で育った。ふもとにある岐阜公園には、暴漢に襲われて「板垣死すとも自由は死せず」と叫んだ板垣退助の銅像が立つ。父から板垣退助遭難事件の顛末を何度も聞いていた私は、幼いころから「自由民権」という言葉に馴染んでいた。小学校では遠足、体力増強の登山の折に、中学・高校では「社会」や「郷土史」の授業で自由民権運動について話を聞いた。
 最近、植木枝盛の日誌や関係資料を読んで、明治初期の日本に「抵抗権」の理論が生まれていたことを知った。1881年(明治 年)8月植木枝盛起草「日本国国憲案」に次のような条文がある。
  64 条「日本人民ハ凡ソ無法ニ抵抗スルコトヲ得」
  70 条「政府国憲ニ違背スルトキハ日本人民ハ之ニ従ハザルコトヲ得」 
 当時には民選議院開設と憲法公布を求めて、自由民権運動は日本全国に広がりをみせ、明治藩閥政府は、パリコンミューンのような騒動が起こるやもしれぬと恐れたという。多くの取締法令を作り弾圧、日本の近代化に遠い反動的な「明治憲法」と教育勅語や軍人勅語による思想統制のもとで、自由民権運動と政党活動は息の根を止められていった。その後「地租改正反対」「徴兵制反対」を求めて多くの抵抗事件が地方で発生したが、暴動や激化事件として鎮圧された。
 1945年、第2次世界大戦と 年戦争が終わり、GHQの占領のもとで、憲法改正が政治課題となった。鈴木安蔵らの「憲法研究会」草案がGHQ民生局でも参考にされたといわれている。当時私擬憲法草案は、各政党案はじめ に及んでいる。憲法研究会でも「抵抗権」の条文化が検討されたが、全会一致の研究会のルールのため実現しなかったといわれている。1950年代後半から 年代半ばにかけて、憲法学会や法哲学学会等で「抵抗権論争」が活発化した。そこでは「抵抗権」は、自然法上の権利であって実定法ではないという学説があったが、「憲法の保障する基本的人権は本質的に抵抗権を内包しており、とくに権力からの自由を意味する自由権は抵抗権そのものである」という説を主流に「抵抗権」の合法性が論じられた。憲法 条は「自由と権利は、国民の不断の努力によって保持される」と規定しており、憲法 条は、天皇、大臣、国会議員、裁判官その他の公務員の憲法順守義務を規定している。
 最近では、抵抗権は国民主権の原理に根差した基本的権利で、憲法秩序 、すなわち立憲主義的憲法秩序と不可侵の人権保障構造の崩壊またはその危険があるときは憲法秩序の回復のために、国民が行使できる実定法上の権利と解する見解が生まれている。沖縄の辺野古の埋め立て工事現場や高江のヘリパッド基地でのデモ、座り込み、集会などの非暴力の抵抗は、「抵抗権」を根底においた正当な権利行使であり違法性も阻却するとして裁判で争われている。
 昨今の日本学術会議への人事介入は、学問の自由を侵害するものとして国民に衝撃を与えた。中曽根元総理の合同葬への国立大学や県・市町村、教育委員会への「弔旗掲揚と黙祷」の要請は、思想と内心の自由を侵害する。それも国民の知らないところで以前からひそかに画策されていた。
 今こそ「抵抗権」を再考し、議論し、実践する第三の時代が始まったと痛切に思うこの頃である。

                                                             
 
                                       

2面〜8面                 女性「9条の会」学習座談会
                  講演と討論   コーディネーター 関千枝子さん     
                                              
日時 2020年9月24日  於 文京区立男女平等センター
 
                「安全保障」とジェンダーの視点

                
           
       
            講師 浅倉 むつ子 さん

            (早稲田大学名誉教授・東京都立大学名誉教授 )

■非暴力の平和な社会を求める願い

 発足当時の女性九条の会のブックレットには、「憲法9条と24条」という形で平和の問題を取り上げておられ、平和というのは、国家の平和だけではなく、家庭の平和を合わせて理解しなければならないということをおっしゃっています。一方、憲法改正勢力の方たちにとっても、暴力社会に回帰しようとする時に邪魔になるのが憲法9条と 条であると捉えているようです。でも 条というのは余り表だって言えないので9条が表に出てきているのだと思います。しかし私たちが一番求めているのは「差別と暴力のない社会」ですから、9条と 条を柱にして平和というものを考えていくのが私たちの立場かなと思っています。



■非九条をめぐる攻防


安保関連法が強行採決されてから9月19日で5周年を迎えました。そのきっかけになったのは2014年7月1日に閣議決定で行われた憲法9条の解釈改憲です。その中身は
  我が国に対する武力攻撃が発生した場合のみならず、我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある場合において、・・・必要最小限度の実力を行使することは、従来の政府見解の基本的な論理に基づく自衛のための措置として、憲法上許されると考えるべき。

 こういう閣議決定をしたわけです。しかしこれは全くの嘘で、他国に対する武力攻撃があった場合に実力行使をすると言っているのであれば、それは「集団的自衛権」であるのですが、それは以前から容認されていたのだと嘘をついたのです。嘘の根拠となったものは1972年10月14日の「文書」(政府見解)だったのですが、その文書を丁寧に読み解いていくと、実は「集団的自衛権の行使は憲法上許されない」と書かれていたのです。彼らが次に持ち出したのが「砂川事件」の判決(最高裁1959年12月16日)ですが、この判決のどこを読んでも、「固有の自衛権や必要な自衛措置は放棄されていない」と述べているだけで、集団的自衛権が許されるとは書いていません。
政府の論拠は破綻したのです。それなのに、従来の政府見解だったと主張して2015年9月19日未明に「安保関連法」を強行採決したという経緯になりました。こうして集団的自衛権を暴力的につくりあげたわけです。

■自民党の加憲案とは

 法律をつくっただけでは足りない、なんとしても憲法を変えようということで、2017年5月3日に、安倍首相は「憲法9条1項、2項を残しつつ、自衛隊を明文で書き込む」と言い始めました。九条の2という新しい条文をつくろうというわけです。
 9条の2 前条の規定は、我が国の 平和と独立を守り、国及び国民の安 全を保つために必要な自衛の措置を とることを妨げず、そのための実力
組織として、法律の定めるところにより、内閣の首長たる内閣総理大臣を最高の指揮監督者とする自衛隊を保持する。
 これをよく読んでいくと、「国民の安全を保つために必要な措置(自衛隊の保持)を妨げない。9条の2の2項として自衛隊の行動は、法律の定めるところにより、国会の承認その他の統制に服する」と憲法に書こうというのです。

■「自衛隊保持」の明文化の危険

 自衛隊保持の明文化が加憲されれば、9条の1項と2項が残ったとしても、新しい2の2項では軍事が優先化して、私たちの生活は破壊されて行くだろうと思います。現憲法の「戦力の不保持」は死文化するのです。ではどのようになるでしょうか。
1 徴兵制は違憲でなくなる。
2 自衛隊基地建設のための強制的な土地収用が可能になる。
3 自衛隊基地訴訟等へも影響。
4 軍事機密が横行。軍事機密漏洩 をした者は刑罰に。
5 軍事費の増大と社会保障費の削減。
6 軍産協働によって学問の自由や大学の自治が制限される。
7 自衛官に対する軍事規律の強化。
こういう闇の世界が始まるだろうというのが私たちの見通しです。

ジェンダー平等をめぐる攻防


1975年の国際婦人年以後、男女平等センターのような施設が各地でできました。それは女性たちが切り拓いたものなのです。女性差別撤廃条約と男女共同参画社会基本法、この二つに後押しをされて私たちはジェンダー平等を切り拓いてきたのです。

■女性差別撤廃条約

(1985年に批准)─今や189カ国が締約国になっています。女性差別撤廃委(CEDAW)による審査を通じて、世界の女性たちはジェンダー平等とはこういうものなのだということを知ることになりましたし、恩恵を被ったのです。

■選択議定書=個人通報制度

 「選択議定書」を日本はまだ批准していませんので、「個人通報制度」を利用できないでいます。「個人通報」ができれば、私たちが権利侵害を被った時に、直接国連の委員会に通報することができるのです。私はこれを批准させたいと思っていますので、昨年の3月に「女性差別撤廃条約実現アクション」を発足させて、柚木さんと一緒に共同代表をしています。

■男女共同参画社会基本法

(1999年)─この法律ができた時に「平等」という言葉が否定されて、「男女共同参画」となったのですが、できあがってみると、名前はともあれ、これを利用して女性たちがジェンダー平等を主張をすることが可能になりました。例えば2001年の「DV防止法」などは、男女共同参画基本法ができたために女性への暴力に社会が関心を寄せてきたと言えると思います。大きなインパクトを持った法律だったと思います。

自民党による「ジェンダー平等」へのあからさまな嫌悪

これを自民党は気に入らないわけです。大きなジェンダーバッシングが起きました。 年には日本会議ができ、2005年には自民党「過激な性教育・ジェンダーフリー教育実態調査プロジェクトチーム」が、安倍さんを座長に、山谷えり子さんが事務局長という形でできました。実は2005年7月11日の第12回「男女共同参画基本計画に関する専門調査会」にプロジェクトチームが出した意見書が、内閣府のホームページに出ているのです。これは彼らの出している意見書です。
  「個人単位の考え方に改めるなど もってのほか」、「ジェンダーとい う言葉を使うこと自体、地方の条例づくりに左翼が入り込むスキを与える。使うべきではない」「0~3才は主として母親の果たす役割が大きい。男性の育児休業の取得は子にとっても勧める政策ではない」「女性に対する暴力の一つの原因はむしろ行き過ぎたジェンダーフリー教育によって男らしさ、女らしさの徹底否定が家庭内でのぶつかりあいに影響していることは否定できない」「性に関する女性の自己決定思想を排除し、正しい性教育をする必要がある」「フェミニズムの嵐を体験して、社会秩序の崩壊、青少年の性風俗の乱れ、犯罪の増加に悩まされた」 安倍内閣は、2006年には教育基本法を改正して、道徳心、自律心、公共の精神を尊重する「めざすべき人間像」を出してきます。〝 品格ある美しい国・日本をつくる〟ということで教育再生を推し進めているのです。

自民党の改憲案

 そして、2012年4月27日には自民党「日本国憲法改正草案」を出してきます。一時期、民主党政権がスタートしますが、それを抑圧する形で2012年末から第2次安倍政権が出てきます。この改憲草案は自民党がどのようなことを考えているか、狙いは何かが大変に良く分かるものです。それは9条改憲は勿論ですが、13条と24条についても改憲案を出しているからです。

■自民党改憲草案13条

  全て国民は、人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公益及び公の秩序に反しない限り立法その他の国政の上で、最大限に尊重されなければならない。
 現在の13条は個人として尊重されるとなっていますが、草案では「人」として尊重されるとなっています。個人を消し去って、集団(=国家)を強調し、尊重しようとするものであることが分かります。もう一つ、現在は「公共の福祉に反しない限り」となっているのですが、草案では「公益及び公の秩序」という言い方に変わっています。公共の福祉というのは、人権と人権が対立した時にそれを調整する原理なのです。ところが「公益・公の秩序」が出てくると、それは人権対人権ではなく、「国益」が人権に優越するという考え方を示しています。やはり「国家」が大きくそびえてきています。

■自民党改憲草案24条

 24条では1項というものを新しく設けています。 
 1項─家族は、社会の基礎的な単位として尊重される。家族は、互いに助け合わなければならない
 国民の助け合いとか、家族の扶養義務を強調しているのです。
 2項─婚姻は、両性の合意に基づいて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。
 現在は、「婚姻は両性の合意のみにおいて」となっているのですが、改正案では両性の合意『のみ』を削除しています。何を狙っているのかと考えると、やはり、両性の合意以外に家長の合意とか、誰か別の者の合意が必要なのかなということなのです。これは連想ゲームになります

安倍政権を支えてきた政治家や政党幹部による「差別的発言」

 「こちらの方々は、少なくとも私にとってセクハラとは縁遠い方々」(長尾敬衆議院議員)、「未婚の人は結婚しなければ子どもが生まれないのだから、人様の子どもの税金で老人ホームに行くことになる」(加藤寛治衆議院議員)、「多様性を認めないわけではないが、法律化する必要はない。趣味みたいなものだから」(谷川とむ衆議院議員)、「LGBTは子どもを作らない。生産性がない」(杉田水脈衆議院議員)、「みんなが幸せになるためには、子どもをた くさん産んで、国も栄えていく」(二階俊博自民党幹事長)、「子どもを産まなかったほうが問題なんだから」(麻生財務大臣)、「LGBTばかりになったら国はつぶれちゃうんですよ」(平沢勝栄衆議院議員)、「ぜひ子どもを最低3人くらい産むようにお願いしてもらいたい」(桜田義孝衆議 院議員)

違憲訴訟の現況

 安保関連法制が強行採決された後の状況をお話ししたいと思います。
全国で安保関連法を巡って大規模な違憲訴訟が起きています。全国の裁判所での違憲訴訟が継続中で、原告は7794人、代理人弁護士は延べ1685人です
 違憲訴訟の争点ですが、
1 平和的生存権が侵害されたので、安保法によって日本が戦争に巻き込まれる可能性が飛躍的に高まったということ
2 この法律は人格権の侵害である集団的自衛権を行使すれば、日本が攻撃される可能性が高まり、生命や身体の危険が高まり、平穏に生活する権利を奪われる。
3 改憲手続なしに集団的自衛権の行使を解釈改憲で認めたため、憲法改正について意思表示する権利を奪われた。権利侵害である。
の3点が争点となって全国的に訴訟が継続しています。
ただ、最近は敗訴が続いています。札幌地裁2019年4月22日判決に続いて、ぞくぞくと敗訴の判決が出始めています。勿論控訴中です。
 判決の内容は、訴訟の形態としては二つあって、一つは差止訴訟、もう一つは国家賠償です。損害賠償と集団的自衛権の行使の差止ということです。差止訴訟は〝不適法〟ということで請求が却下され、平和的生存権や人格侵害は具体的でないとして、敗訴と裁判官は言うのですが、ここでジェンダーの視点がもう少し具体的なものとして登場したら世の中少し変わるかなと思うのです。

安全保障とジェンダーの視点

女性たちによる違憲訴訟


私たちは女性による違憲訴訟を起こして、2016年8月15日に東京地裁に提訴しました。原告は122人です。女性九条の会の関千枝子さんは中心にいらして頑張っておられますが、私も原告の一人です。安保法制違憲訴訟・女の会で『Voice 平和をつなぐ女たちの証言』(生活思想社、2019年)を出版して皆さんの声を集めています。

ジェンダー視点からの安全保障とは


 なぜ女性だけ集まってこのような訴訟をするのかといいますと、ジェンダーの視点から見る安全保障は、男性とは異なる視点から安全・平和をイメージできるということを強く言いたいのです。実は訴訟を始めた時にはこのイメージをはっきり持っていたわけではないのですが、その中で私が行き当たったのがJ.アン・ティックナー(進藤久美子・進藤栄一訳)『国際関係論とジェンダー 安全保障のフェミニズムの見方』(岩波書店、2005年)です。この本を読んだことで思い当たったことは、それまでは自民党がやろうとしている集団的自衛権に対して、それを否定するといったレベルでの安全保障の概念を争点としてやって来たわけですが、この新しいフェミニズムの観点からの国際関係論が主張している安全保障はそれらとは別の問題だということが分かったのです。
 それは、戦争と軍隊は差別と暴力をうみだし、人間を道具化して序列化する。その中で性暴力を受けるのは当たり前で、女性の性も道具化されて戦争の中で使われていったわけです。それに対して平和学というものがありますが、平和学の「人間の安全保障」は、武力行使を含むあらゆる暴力が否定された状態が平和であるということです。
 それに対して「国家の安全保障」は、軍事力に依拠したものであり、集団的自衛権の行使は、国家の安全保障であるということです。
 あらゆる暴力が否定された状態が平和なのだということなのです。国が平和だというだけでなく、社会生活の中に暴力がないことが平和なのだという考え方なのです。それに対して男性が構築してきた国際関係論の中では、国家の安全保障が強調されているわけで、これは軍事力に依拠したものです。憲法9条を巡って争点になってきた集団的自衛権の行使というのも、実は国家の安全保障でしかなかったのではないかという気付きに突き当たりました。国際関係に携わってきたのは主に男性の学者なのです。
 それに対してティックナーさんは女性ですので、フェミニズムの見方をすると国際関係論では駄目だという本なので、ああそういうことだったのだなと思い至りました。
 具体的には、「ナイロビ将来戦略」には「平和は、単に国家や国際的レベルで戦争、暴力、敵対心のない状態を意味するのではなく、経済的、社会的公正と平等、完全な人権と基本的自由の享受が達成されている状態でなければならない」と書かれています。これこそがフェミニストの国際関係論者の平和というものの見方なのです。ナイロビ(第3回世界女性会議)の合い言葉は「平等・平和」だったわけですが、その中で言っている「平和」というのはまさにこういうことだったのだなと思いました。こう考えていくと、国家の安全保障だけを切り取って、有事においてどのように軍事的に対応するかということだけを議論するのではなく、平時の暴力のない社会を作りことこそ本当の意味での平和なのだということに気がつきました。
 自民党政権もそれに気がついているのか、「平時の愛国教育」を大切にしています。「平時の愛国教育」は人々
のメンタリティに作用して軍事的発想を生み出し、社会は徐々に好戦的になって行きます。そして社会が暴力化し、戦争に向かって行く、このような戦争準備が進められているように思います。
 このようなジェンダーの視点からの安全保障というものを、私たちは余り議論しなかったと思うのです。国会ではこういう発想で議論したことはなかったと思います。集団的自衛権の話はよくやりましたが、話の中に女性は登場しませんでした。唯一登場したのは邦人母子を米艦が救出する様子のフリップぐらいのもので、女子どもは被保護対象としての女性イメージでしかありません。平時から暴力のない社会をつくりあげることが「平和」なのだという議論をするべきだったなと思います。

安保関連法の審議過程で生じた侵害行為

 私が裁判の中で証言した内容をお話しします。
 安全保障に関する国会審議ではジェンダーの視点が欠落していた。しかし世界では、重要な決断をする時に、ジェンダーの視点から監査等をするといった「ジェンダー主流化」の要請が強まっていて、実際にやり始めているのです。
 男女共同参画社会基本法の4条と 条は国が施策を行う場合はそれがジェンダーにどのような影響を及ぼすかを審査しなければならないという規定です。ジェンダー平等に悪影響のあるものは変えなければならないと宣言しています。
 4条 社会に置ける制度又は慣行 が、男女の社会における活動の選 択に対して受ける影響をできる限 り中立なものにするよう配慮する
  条 国及び地方公共団体は、男 女共同参画社会の形成に影響を及 ぼすと認められる施策を策定し、  及び実施するに当たっては、男女 共同参画社会の形成に配慮しなけ ればならない。
 つまり国が施策を行う場合は、それがジェンダーにどのような影響を及ぼすかを審査しなければならないという規定です。ジェンダー平等に悪影響のあるものは変えなければならないという宣言です。
 そういうことを他の国ではやっています。例えばカナダでは議会の中に常設の女性の地位委員会を設けて、立法や予算や政策を行うに当たってジェンダー平等に対する評価を行って、悪影響を及ぼすものは是正するということを行っています。確固としたチェック機能を持たせているのです。
 しかし、それらが日本の国会審議ではまったく無視されていることを指摘しました。つまり安全保障を議論する時にジェンダーに対する影響を無視するだけでなく、実はもっと積極的に侵害行為もしているということも言いました。
 国連は、議会が女性を安全保障の場に組み入れなさいと進言し、それに伴って「国別行動計画」をつくりなさいと言っています。日本は「国別行動計画(NAp)」をつくりました。NGOの人たちが外務省と話し合い、妥協を重ねて「NAp最終案」をまとめたのが2015年1月でした。その時にNGOの人たちには「人間の安全保障」がジェンダーの観点に入っていたので、「戦時性暴力の克服」、「沖縄の性暴力の問題」などを入れていました。外務省と一緒に詰めていく中で妥協を重ねていって、最終的な案としてまとめました。しかし、政府は2015年5月に安保関連法を閣議決定し、9月 日に強行採決しました。その上、片方ではジェンダーを尊重しているかのようにNGOを巻き込みながら「国別行動計画」をつくり、その 日後の9月 日に、国連総会で、原案を根こそぎ修正したものを、相談もなく「国別行動計画」案として公表しました。NGOとの合意に達したジェンダーという用語、戦時性暴力の反省、沖縄米軍による性被害、平和教育、ヘイト・スピーチの防止などを全部削除して公表したのです。これは市民団体への裏切り行為です。これはやはり積極的な侵害行為ということが言えると思います。ただ単にジェンダーの議論をしなかったという不作為だけでなく、安保法制の審議過程で国が行った「積極的な侵害行為」として違憲行為であるということが言えないかなと思っております。
 ジェンダーの視点から安全保障とか平和というものを考えていくと、日本という国がいかにおかしな国で、女性の力量を利用する時だけ利用して最後は裏切るという行為をやっているのだということが良くわかりました。このまま続けて行って女性が裁判に勝てるかどうかは難しいかなと思っています。
 もう一つ、次に考えたいのは、例えば最高裁まで行って負けたら、今度は「女性差別撤廃条約」の「個人通報」を使ってみようと考えています。それまでに選択議定書が批准されていなければならないのですが…。
 2021年もしくは 年に、女性差別撤廃委員会(CEDAW)による5年に1度の日本審査が予定されていますが、コロナ禍で国別審査は大分滞っているようで、来年はなさそうですが再来年ぐらいには日本の「国別審査」が行われると思います。「女の会」原告らは、「日本政府が安保法制審議でジェンダー視点を用いたか否か」を含むようにCEDAWに要請しようと考えています。
 

討論より


参加者 安保法制の審議過程で生じた侵害行為について、政府は、幅広い人たちが参加したNGOと作り上げた合意を曲げてNAP国内行動計画を国連総会で公表したのですか?
浅倉 NGOの人たちは、戦時性暴力や沖縄米軍による性被害等々の問題をどう入れ込むかでとても苦労していました。市民の有志という形で1325市民連絡会というのを立ち上げて幅広いNGOの方たちが集まって案を練ったと聞いています。最初は本当に理想的な、女性にとっての平和とは何かということを出せていたけれど、外務省から否定されて、妥協に妥協を重ねた最終案が1月にまとまったということです。しかし、そこがすべて削除されたということのようです。これは公的なものではないので、公式な議事録はないのです。それが残念なのですが、ただ皆さんの手元にはまとめた最終案があって、その中には丁寧に慰安婦や沖縄の問題、性暴力の問題などが書き込まれ、平和教育もしなければいけないなどがちゃんと書いてあるのです。しかし最終的には、すべて削除したものを、日本政府がいきなり国連の総会の場で発表してしまったということです。ものすごい裏切りですよね。
参加者 妥協の産物と言えども最終案を見たいと思います。最終案と外務省が発表したものを両方比べてみたいですね。安保法制を巡る4〜5年の動きが全部そこに反映されているのですから。
参加者 日本政府がいきなり国連の総会の場で、削除したものを公表したことに対してメディアも取り上げない。政府がメディアを牛耳っているからでしょうね。
 ジェンダーの問題は弱者の問題だと思うのです。女性や弱者の問題に目を向けるような政権であってほしいのですが、自助・共助・公助とかと平気で言う。それは自分でやれと言うことですよね。音楽の世界でも女性は出てきません。ベートーベンの第九でも、歌詞を見ると、女は1箇所「優しい妻を得た男はしあわせ」というところだけなのです。
浅倉 最近はスポーツの世界でも映画の世界でも、外国の動きを見ていると女性が表に出てきていますね。女優とか男優という言葉はやめようという声も出ています。変わってきていますね。
参加者  バックラッシュのことが出てましたけれど、あの頃は大変でしたね。「着替えを男女一緒にさせるのが男女共同参画だ」とか根も葉もないことで攻撃してきていました。それで、ジェンダーという言葉が使えなくなったり、性教育が潰されたりしました。性教育を受けないせいで、子どもたちにいろいろな問題が出ています。
 私たちは2004年から、選択議定書の批准を求めて女性アクションで運動を広げています。女性が安心して働き生活できる賃金を得られる未来に向かって頑張りたいと思っています。
参加者  私は朝霞の自衛隊のすぐそばに住んでいます。子どもが遊んでいるところから演習が見えるのです。子どもたちや若い世代に軍隊色の影響があると危惧したので、心ある人たちと運動を始めて防衛省に何度も足を運んでいます。
 広報センターに自衛隊の新聞が置かれていて、読んでみたら女性の隊員は男性よりも体力は劣るけれども、女性も勲章を貰えますよと書いてありました。その実自衛隊にはセクハラがあって問題が多いのです。
浅倉 いっとき、ジェンダーの観点から、女性も軍隊に入るべきかどうかという議論がありました。災害対策隊であれば自衛隊の存在は誰もが認めていると思うのですが、軍事力強化の中での自衛隊の存在は昔の軍隊と同じだと言わざるを得ないと思います。女性自衛官が勲章を貰ったり、防衛大臣が女性になったりしたって根本は変わりませんよね。セクハラだけでなく、パワハラも自衛隊ではひどく多いですし、命と引き替えに派遣されたらどうしたらいいのだと真剣に考えても、軍隊の規律の中では命令違反で懲戒にされてしまうので、従わざるを得ない。そのような中で、自衛隊の中からも抗議活動が起きていて裁判が起きています。
参加者 私は金融ユニオンで差別や解雇問題などを団体交渉していますが、ジェンダーの視点が大事だとつくづく思います。
参加者 公務員時代、労政事務所で労働講座を計画実施しました。当時は結婚退職制や 歳定年制という問題がありました。その頃から見ると前進していることを感じます。
参加者  私は企業の中で、男性の半分しかない賃金差別を裁判でたたかいました。国連の人権委員会に申し入れをしたのですが、日本が選択議定書を批准せず、個人通報制度が認められていない状況のため、ロビー活動という形で各国の委員の人たちに訴えるということしかできませんでした。選択議定書の進展はどのような状態ですか?
浅倉 日本は人権8条約を批准していながら選択議定書は批准していないのです。それは本当に矛盾していて、法律はつくるけれども守るつもりはないと公言しているようなものです。今まで政府は「司法権の独立の問題」を言ってきました。選択議定書を批准すると個人通報ができるようになります。すると最高裁まで行っても権利侵害が救済されなかった人が通報できるわけなので、最高裁の判決が覆されてしまうことになり、司法権の独立が侵害されると言っていたのです。
 しかし、今は189カ国が条約を批准していますが、その内の114カ国が選択議定書を批准しています。では114カ国が司法権の独立を侵害されているのかというとそんなことはありません。むしろ司法が独立した民主主義国であるから批准したわけです。婦団連が外務省に資料請求をしてくださった結果が出ましたが、分厚い英文の資料が多く、日本語の資料は墨塗で真っ黒なのです。それでも分析してみると、「司法権の侵害はあり得ない」と書いてあるのが読めました。今は法務省も外務省もそこは言わなくなりました。批准に向けて努力をしている最中であると言います。
参加者 安保関連法制の審議過程で国が行った「積極的な侵害行為」に対して女性差別撤廃条約の「個人通報」を使うという発想は新鮮ですね。
参加者 私たちの会では、選択議定書の批准を求める運動にもう一度取り組むことにして、勉強しながら進めていますが、議定書が国民的運動になるにはハードルが高いと思うのです。にもかかわらず今意見書提出運動が拡がってきていて、地方議会ではそれこそ女性議員たちが超党派で取り組んでいます。一番古いのは2001年に大阪市境町が出していて、現在 議会から出ているようです。
浅倉 国会で本当に何が障害になっているのかという質問が出たときの返答は、個人通報の回答が出た時どこの窓口で受けとるか、個人申し立てで違法があったとなった時の賠償金はどこから出すのかというくらいしかないのです。これは「障害はない」というのと同じです。
 「日本が先進国であるというなら堂々と通せばいいだろう」と攻めようと思っています。(文責 小沼)

 


                           

 

 

 

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