女性「9条の会」ニュース26号 2013年6月号

危機に直面する「教育」」─俵義文さんの講演から─

   
  お話する 俵 善文さん  

 

 女性「九条の会」は、憲法と並ぶ安倍政権のもう一つの企み「教育再生」についての学習会を六月一日に開催しました。講師には「子どもと教科書全国ネット21」の事務局長である俵義文さんをお招きしました。
 陰りが見え始めたとはいえ、アベノミクス」に多くの日本人が浮かれ、安倍政権が高い支持を得ています。しかし、私たちの見えないところで、「憲法と教育」の危機は早いスピードで進行しており、未来を息苦しい戦前の体制に戻してしまうかどうかは、「7月の参議院選挙の私たちの選択」にかかっているのだということを、強く感じさせられた学習会でした。

■はじめに…安倍政権の性格
  安倍内閣の一九人の大臣がどんな右翼組織に所属しているかという一覧表をつくりました。
「日本会議」(極右的な議連)一三人 (六八%)
「教科書議連」(安倍晋三氏を顧問とする右翼的な議連)九人 (四七・三%)
「神道政治連盟国会議員懇談会」(憲法を変えて天皇を中心とした神の国を実現するということを方針を掲げている・会長は安倍晋三氏)
  一六人(八四%)
「靖国議連」一五人(七八・九%)
「改憲議連」 一二人(六三・二%)
という具合です。
 安倍政権の支持基盤は、「日本会議」、「日本再生機構」「新しい歴史教科書をつくる会」「在日特権を許さない市民の会」(在特会)などです。
 総裁選挙の日、自民党本部前には、右翼団体が日の丸を立てて「自民党のみなさん日本を救えるのは安倍さんしかいません」と叫び、総裁に選ばれた時には万歳を唱えていました。

 安倍政権は、保守政権と言うより極右政権と呼ぶべき性格を持っているのです。その極右政権が四大政策を掲げて総選挙を戦いました。その内の二つを参議院選挙までに重点的にやると言います。一つが経済政策、もう一つが教育政策です。経済政策は新聞がアベノミクスと名付け、その下で株がどんどん上がる。円安が進むということで景気回復に大きく向かっているかのような幻想が振りまかれ、それが安倍政権の高い支持率を支えています。その高い支持率を背景にして、もう一つの教育政策を、とんでもないスピードでやろうとしています。

■三つの組織
 安倍教育再生のための組織が三つあります、一つは自民党内につくられている「教育再生実行本部」、安倍首相の直属の組織として設置した「教育再生実行会議」、もう一つ、文部科学省の審議会として「中央教育審議会」があります、この三つの組織が安倍教育再生を進める基本的な機関です。
 前文には「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないようにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する」と、立憲主義の原則をまず最初にうたいあげています。大事なことは、日本国民が国民主権を宣言し、この憲法を確定すると言っていることです。
 自民党の案では「日本国民は」ではなく、「日本国は」から始まります。そして「長い歴史と固有の文化を持ち、国民統合の象徴である天皇をいただく国家であって」と続きます。「長い歴史と固有の文化」、実は、ここに彼らの考えている「国柄」というものを入れたいわけです。彼らの言う「長い歴史を作っている日本の国柄と文化」とは「万世一系の天皇」でしかないのです。「国柄」という言葉はもともと「国体」と同じです。戦前、戦中から「国柄」という言葉は、「万世一系の天皇制」を表す「国体」という言葉と交換可能な言葉として使われていました。それが「長い歴史と固有の文化」というところに隠されているのです。
 第三段落でようやく「日本国民は」と出てくるのですが、「日本国民は国と郷土を誇りと気概を持って自ら守り」、すなわち、「日本国民は国防を責務とする」と言っているわけです。その後には「和を尊び、家族や社会全体が互いに助け合って国家を形成する」という言葉が続きます。

①「教育再生実行本部」
   安倍首相が「強い日本を取り戻すためには、教育の再生が不可欠」として最初に指示をしたのが、「教育再生実行本部」です。「実行本部」には「いじめ問題対策」や「教科書検定・採択改革」などの五つの分科会がつくられ、一〇月二四日に初会合が行われます。以後毎週二回ぐらいのテンポで会議を開いて、教育改革案づくりに向けた議論を行い、一一月二一日には「中間まとめ」を発表しました。「中間まとめ」はほとんどそのまま、自民党の「政権公約」になっているのです。

②「教育再生実行会議」
 次に首相直属の「教育再生実行会議」を今年一月に発足、メンバーは育鵬社版教科書の執筆者でもある八木秀次氏や、曾野綾子氏をはじめ、「つくる会」系の教科書採択に積極的に関わった人たちを入れています。ここが出した第一次提言は「いじめ対策」ですが、たった二回の会合でまとめています。一回の会議に一時間程度で、二〜三時間でまとめているのです。それをもとに五月一七日に自民党と公明党が「いじめ防止法」という法案を国会に出しました。当然ながら、いじめの背景や原因の科学的分析は一切していません。厳罰主義と道徳教育で対応しようというわけです。
 第二次提言は「教育委員会制度」についてです。この内容は今の教育委員会制度を事実上解体するもので、地方の教育行政は首長と教育長に権限を集中させ、教育委員は教育長が任命するというもので、教育長の諮問機関つまり、お飾りにしてしまうという提言です。そして今回は、「グローバル化のもとでの人材育成」というものをまとめて、次の会合で提出します。ところがこれも「教育再生実行本部」がまとめたものとほとんど同じ内容なのです。つまり一政党の内部的な組織でつくり上げたものを、政府が実行できるように、閣議決定した首相直属の機関提言として権威づけして打ち出してくるというやり方がされているのです。


■戦後の教育とその変遷
①民主的な教育をめざしてつくられた教育委員会

  戦前、戦中の教育制度が軍国主義の大きな力となったということで、一九四七年教育基本法が公布され、教育制度が変わり六・三・三・四制が施行されました。さらに一九四八年教育委員会法が交付、戦前の中央集権教育から、教育行政は一般行政から独立、地方分権。教育委員は公選。戦前と全く違った、教育制度が始まったのです。ところが、一九五六年、「地方教育行政の組織、および運営に関する法律」が強行採決され、教育委員の公選制は廃止され、任命制に変わりました。戦後一一年にして、教育は早くも中央集権に逆行し始めたのです。

②教科書検定制度のはじまり
 教科書も、国定教科書を廃止して検定制度に移行しますが、その検定は都道府県の教育委員会が行うということが「教育委員会法」に盛り込まれていました。ところが戦後の経済困難の中で、教科書をつくる紙が不足したために文部省が教科書会社に紙を割り当てる都合があったのです。それを理由にして当分の間文部大臣が検定を行うということになったのでした。ところが経済状況が良くなって用紙割当制が廃止されても、一度握った検定権限を文部大臣は離さないというわけです。そのために学校教育法を改定して「検定は文部大臣が行う」というようにしてしまって今日に至っているのです。


■教育の中央集権化の強化を狙う
 下村文部科学大臣は「教育再生実行会議」の提言を受けて、中教審に教育委員会のあり方について検
討してほしいと諮問をしました。年内に中教審が結論を出して、来年の通常国会に法案を出すというスケジュールを組んでいます。

①実質的に教育委員会を解体
  もう一つ、文科大臣が地方教育行政について指示命令ができるようにするということも盛り込もうと言っています。日本はもう既にかなり中央集権的になっているのですが、それをもっと徹底した中央集権的な教育制度にしようというのが教育制度改革のもう一つの
大きな柱なのです。
 つまり、教育については、政府、文科省と都道府県の知事、教育長、その下の首長・教育長、校長へという、上から下への流れで統制できるようにしようということです。

②教員と教育内容の管理の徹底…政治的行為・政治教育禁止
 
 教員についても徹底的な管理、統制ができるシステムに変えてしまいます。既に教員に対する統制は行われているのですが、もっと徹底することを考えています。
 今は大学で教職課程を履修して卒業すれば、都道府県の知事が教員免許を交付することになっています。そして一度取得すれば生涯持つことができたのですが、第一次安倍政権後は一〇年経ったら研修を受けないと失効するということになっています。それをもっと変えようというのです。教職課程を取得した大学卒業者には教育長が「准免許」を与え、三年間実務経験を積んだ後に、試験と適性確認に合格したら本免許を与えるという
制度です。それだけではなく、三年ごとに勤務実績の点検をし、適正確認テストを実施して不的確ということになると教員免許を取り上げる、あるいは教壇に立たせないで、事務職員にしてしまうこともできるという制度にしようとしています。

③教育マシーンの育成をめざす
 教員については「教職員特例法」という法律があるのですが、これを改定します。
 一九四七年に制定された教育基本法には「教育は子どもや国民に対して直接責任を持って行われる」と書いてあります。ということは
教職員が教育専門職として責任を負うのは子どもであり国民なのであるということです。当時の文部大臣は、東大教授を兼任していた田中耕太郎さんでしたが、彼は「医者が患者に対して直接責任を負うのと同じように、教育者は教育委員会や文部省に対して責任を負うのではなく、子どもや国民に対して直接責任を負うのが専門職としての教職員なのである」と言っていました。しかし、安倍首相が二〇〇六年につくった教育基本法ではその文言は削除され、それに沿ってつくられる「新教職員特例法」で規定するのは、言われたとおりのことをやる教育専門職、教育マシーンなのです。その上で、教職員は法律上「学習指導要領および上司の命令に従う義務を負う」ということになっています。

④「偏向教師」チェック体制の強化
 「新教職員特例法」には、「教育公務員は教育を利用し、政治的目的をもって児童生徒に政治教育をしてはならない」という規定を設
けると言うのです。政治的目的を持っているかどうかを判断するのは、校長であり教育長です。
 原発の危険性を教室で話せば、政治的な目的を持った政治教育とみなされるといった具合に、この条項は無限に拡大されていくでしょう。こんな法律ができたら、とりわけ社会科の教員などは授業ができません。しかも罰則規定をつくるのです。一〇〇万円以下の罰金、三年以下の懲役という罰則をつくって教員の活動を縛ってしまうのです。こんなことになれば、ほとんどの教員たちが上から言われたとおりのことを教えるだけの教員になってしまう。おそらく戦前の教育と同じようなことになっていくでしょう。


■「国力」としてのトップレベル大学の強化と学長権限の強化

 今度新たに「実行会議」が、「グローバル化の下の人材育成」というまとめを、第三次提言として出しますが、これも実は自民党内の「実行本部」のまとめをそのまま受け継いだものです。

①「六・三・三・四制」見直しの意味
  「産業界が求める人材をいかにつくるか」ということで、一部の人間をエリートとして育てるために単線型(六・三・三・四制)から複線型に変えると言います。三浦朱門さんの言葉によればエリートは一%でいいのだそうです。エリートとして育てる子には飛び級制度なども積極的に取り入れて、どんどん早く大学に入れるようにしていくというものです。

②エリート中心の教育予算の強化
 もう一つ、今は、大学生が増えすぎている。そこで小、中、高校の卒業時に卒業認定テストをやると言っています。それとは別に大学受験をするための資格試験を設けて、そこで振り落とし、大学は教育予算を強化して、一部のエリ
ートや専門職の上級職員を育成する場にしていく。それ以外は職業訓練校のような専門学校にする。つまり振り落とされた九九%は労働力としての最低限の知識は身につけさせ、徹底的な道徳教育を行い、規範意識を植え付けることによって従順な人間に育て上げる。そして落ちこぼされるのは自己責
任であると思い込ませる。そういう教育制度にしていこうということです。

■「国力」としてのトップレベル大学の強化と学長権限の強化
 教科書は今でもかなりの国家統制を受けています。こんなに国が教育内容に介入している国は、独裁国家や発展途上国の一部ぐらいで、教科書の内容に中央政府が検定や採択を通じて介入をしている国はありません。

①歴史の真実は書かせない
 五月二八日に、自民党の「実行本部」が教科書会社三社の社長や編集担当取締役を呼んで、「南京虐殺事件がなぜ載っているのか」とか「慰安婦がなぜ載っているのか」などと圧力をかけてきました。
 今日本では、編集者や執筆者ががんばって日本の侵略戦争の事実を書いています。「慰安婦」のことも高校の教科書にはまだ記述があるのです。安倍政権はそれをなくしたいのです。「慰安婦」や、南京虐殺や、アジアへの侵略戦争といった記載を全てなくしたいのです。政権公約の中で自民党はそのことを打ち出しています。「教育基本法が変わって学習指導要領が変わったのに、今なお自虐史観に立つなど日本の教科書には偏向した記述がたくさんある」こういうものをなくすと言っているわけです。

②学習指導要領を詳細な内容に
  文科省は、学習指導要領は法律と同じ効力を持つと主張しています。今の指導要領は「大綱的」基準といって、骨組みだけが書いてあるのです。それ以上詳しく書くことは憲法違反であるという最高裁判決が出ているのです。一九七六年の旭川学力テスト事件大法廷判決で、学習指導要領を国が決めることは憲法違反ではないかということで争われたのですが、その時に最高裁は「国が一定の枠を決めるのは必ずしも違憲であるとは言えない。しかしそれはあくまでも大綱的基準である限りにおいてである」という判決でした。ですから細かいことは書かれていないのです。ただし文科省はその指導要領の「解説」というのを発行しています。この解説には詳しく書いてあります。文科省は教科書をつくる上で「解説」を参考にしろと言うのです。場合によっては検定の時に「解説にこう書いてあるからこう書け」とまで言います。しかし、解説には法的拘束力はありませんから強制はできません。そこで安倍政権が考えているのは指導要領を「解説」ぐらい詳しくしてしまう。すると教科書の内容を隅々まで規定することができます。それでも教科書会社がそれに背くこともあるだろうからというので、検定基準ももっと細部まで規定してチェックできるようにする。その上、文部科学大臣が全ての教科書に共通に書く事項を決めて指示できるようにする。こうなれば、これはもう国定教科書です。実際、教育再生実行本部の中では、教科書は国定にするべきであるということを言っています。山谷えり子氏のニコニコ動画でも教科書は民間の発行ではだめだ、国定にしろと言う文言が繰り返しテロップで流れています。

おわりに
 
 今私たちは安倍政権の教育政策をどうやってストップするかということで、三月に「安倍教育政策NO平和と人権の教育を!ネットワーク」という組織を立ち上げました。何せ向こうのスピードが速いので、この問題を多くの人たちに広げなければならないということで、今一生懸命やっているところです。
 子どもと教科書全国ネット二一は今三七〇〇人ほどの会員がいますが、この安倍教育再生政策に対抗していくためには、そのくらいではどうにもならないので、ぜひ会員になっていただきたいと思います。

 


今こそ、ベアテさんの志を受け継ごう!  ─5・10集会を終えて─

  女性「九条の会」の呼びかけに応じて、多くの団体に実行委員になっていただき、五月一〇日に実施した「ベアテさんの志を受けつぐ集会」は、金曜日の夜間であったにもかかわらず、五〇〇名を超す人々で会場は溢れ、遅く来た方はロビーでモニターを見ることになってしまうという盛況ぶりでした。
 映画「シロタ家の二〇世紀」は、ユダヤ人であるが故に、才能あるシロタ家の人々が、戦争によって悲惨な運命を余儀なくされたこと、また、日本で育ち、敗戦まで日本女性が置かれていた無権利状態を知るベアテさんが、GHQの一員として、日本の女性や子どもたちのために、心を込めて憲法草案を書いたいきさつなどが語られていました。この映画は私たちに平和憲法の大切さをしみじみと感じさせるもので、見終わった後に涙を浮かべて、「憲法を本当に守りたいとしみじみ思った」と話された人もいました。

 第二部は、ベアテさんのお嬢さんであるニコールさんのメッセージから始まりました。ニコールさんは、ベアテさんが死の床で最後の力を振り絞って、「憲法九条を守ってほしい、女性の権利を大切にしてほしい」と遺言された時のようすを、丁寧に文書で伝えてくださり、それを青年劇場の上甲まち子さんが、ゆっくりと感動的に読み上げました。
 続いて、ベアテさんの母校ミルズ大学の卒業式でのベアテさんの講演を、ごく短く編集して翻訳し、字幕も入れた映像が流れました。この映像の編集を企画した池田恵理子さんは、ベアテさんの臨終に立ち会った舞踊家の尾竹永子さんから聞いたベアテさんの最後の様子を話されました。映像の字幕にあった「自分が本当にしたいことをやり遂げた人は天国に最も近い人です」というベアテさんの言葉は会場に感動を呼びました。
 長野県飯田市から駆けつけてくださった矢野敦子さんは、ベアテさんから「憲法はあなたたちのような方のためにあるのですよ」と言われたことなどを感慨深く語ってくださいました。
 弁護士の大脇雅子さんは、ご自身が参議院議員をなさっていた時に、参議院の憲法調査会に参考人としてベアテさんが招聘され、戦前に日本で見聞きした、女性や子どもたちの悲惨なようすを語り、「そうした人々の権利を守るのが憲法である」と熱く語られるのを聞いて、感動したことなどを話してくださいました。
 最後に「天国のベアテさんへ」という私たちの決意を、元TBSアナウンサーの宇野淑子さんが読み上げ、雰囲気を盛り上げてくださいました。司会は映画「ベアテの贈り物」のナレーターである宮崎絢子さんでした。
 「ベアテさんの遺言を伝え、憲法を考える集会にしたい」という私たちの思いを参加されたみなさんに受け止めていただき、寄せられた「何としても憲法を守らなくては」というたくさんの感想は、何よりも嬉しいことでした。
 私たちは、悲惨な戦争を経て獲得した権利を生かし、ベアテさんの遺言に向きあい、憲法の危機に立ち向かうことを訴えます。

※当日集まったカンパ二八万円は、ベアテさんの意思に添うよう、九条の会に寄付しました。